村山由佳さんが『昭和藝能東西』を紹介
村山由佳さんが下記のように『昭和藝能東西』を紹介してくださいました。
寄席の芸人がいる。琵琶法師がいる。チンドン屋さんがいて、おそろしく体の小さいプロレスラーがいる。
浅草に木馬館があり、寄席に芸人がいる。のぞき部屋があり、キャバレーがあり、大相撲の巡業があり、大神楽がある。
そのすべてが、ここではまったくの等価値だ。日本の、昭和の、芸能。
くっきりとしたモノクロの写真は、見る者に安易な逃げ道を与えてくれない。だから眺めているとどこか胸が痛み、落ち着かなくなり、それでいてたまらない郷愁を覚えもする。おそらく年齢によっても感想は大きく異なるのだろう。私はたまたま、ここに写し留められた雰囲気を、わずかなりとも肌で覚えている最後の世代であろうから。
ところで、芸能とはいったい何であるか。この写真集においてそれは、潔いほどきっぱりと、「見せ物」である、と位置付けられている。
「この人間社会において、人を喜ばせ楽しませ、ドキドキさせ、その上しっかりお銭をいただく。そのために芸を磨く」
それこそが「芸能」なのだ、と。
写真家・本橋成一氏とともに沢山の旅をした俳優の小沢昭一氏は、彼の撮る作品の魅力をこう看破した。
「この写真集は汚いんだよ......。汚い美しさというか、汚い魅力があるのが、ぼくは好きなんだ。きれいに撮るのはいくらでも撮れる」
深く頷きながら、私はそれに加えてこうも思った。汚く撮るのも、いくらでも撮れる。人の営みをわざと汚く撮るだけで芸術ぶって見せる写真もまた巷には多いのだ。
汚さの奥にある、決して汚れない、汚せない美しさ。目をこらしてそれを探そうとする透徹した視線が、この写真集を底から支えている。
村山 由佳(作家)