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バオバブに聞いてみたい。バオバブの記憶にある風景のことを。

セネガル共和国トゥーバ・トゥール村はみんな大家族。12才のモードゥ君は草むらでの相撲やサッカーが大好き。学校には農作業や牛追いの手伝いの合間に通う。おたまじゃくしの大群とともに雨季に入り、バオバブに新緑が芽生えると同時に種まきが始まる。収穫を祝うお祭りはひときわにぎやかだ。きっとこれが大地の時間としてずっと続いてきたのだろう。
「星の王子さま」の作家・サンテグジュペリは、空の上からバオバブをみて"さかさまの木"として登場させました。この「バオバブの記憶」では、地上からバオバブをみて、"千年の木"として人々の暮らしにとけ込んでいる姿を描いています。


日本最大のダムに沈む村に最後まで暮らし続けたジジババたちに寄り添った15年間の記録

1957年、岐阜県徳山村にダム建設の話が広まった。総貯水量6億6千万立方メートル、日本最大のダムだ。当時徳山村の住民は、約1600人。みな次々に近隣の街につくられた移転地へと引っ越していった。それでも、何家族かの老人たちが、村が沈んでしまうまでできる限り暮らし続けたい、と、街から戻って来た。写真家の大西暢夫が初めて村を訪ねたのは今から15年前のこと。だれもいないと思っていた集落に家があることに驚いた。以来、ジジババたちの暮らしに魅せられ、東京から徳山村まで片道500キロ、バイクで高速道は使わず山道を走り抜けて何度も何度も通った。そしてその村でジジババたちは大西を「兄ちゃん」と呼び,共にたくさん食べ、いっぱい笑った。2006年秋、いよいよ工事が終わり、水がたまり始めた。もう誰も、村に帰ることはできない。ジジババたちの変わりゆく暮らしに寄り添った15年間の記録。


三線片手に生きてきた八重山おばあの歌と旅の話

ナミイこと新城浪、85歳。9歳で那覇のお座敷に身売りされて以来、彼女の人生はずっと歌と三線と共にある。鍛え抜かれたレパートリーは、島唄だけにはとどまらず、童謡、軍歌、歌謡曲まで、"人間ジュークボックス"と呼ばれるほど。 彼女の願いは唄って遊んで人を喜ばせながら、ヒャクハタチまで生きること。そんなナミイが三線片手に旅に出た!お座敷時代の旧友と再会しては歌い、与那国クブラバリで、命を落とした女たちのために歌う。50年ぶりの台湾ではハンセン病療養所の人たちとの歌遊び...。ひとたびナミイと唄ってみれば、誰もがその歌三線の世界に引き込まれていく。さあさ、あなたもご一緒にナミイの歌と旅の物語。はじまりはじまり?!


本橋成一の映像と坂本龍一の音楽が響き合う
「いのちの水」を主題としたドキュメンタリー

ベルリン映画祭を始め、世界各国で好評を博した『ナージャの村』から5年。写真家・本橋成一と音楽家・坂本龍一と組んで〈泉〉を主題としたドキュメンタリーを完成させた。舞台となる〈泉〉は、1986年4月26日に起こったチェルノブイリ原発(旧ソ連・現ウクライナ共和国)の爆発事故で被災したベラルーシ共和国東南部にある小さな村ブジシチェにある。この村の学校跡からも、畑からも、森からも、採集されるキノコからも放射能が検出されるが、不思議なことに、この〈泉〉からは検出されない。「なぜって?それは百年前の水だからさ」と、村人たちは自慢そうに答える。この百年、人間は何の豊かさを求めてきたのだろう。《水の惑星=地球》の強い意志のようにこんこんと湧く〈泉〉は、私たちに"本当の豊かさとは何か"を静謐に語りかける。


チェルノブイリ原発事故で被災した村に生き続ける人々を描いた「いのちの大地の物語」

ベラルーシ共和国ゴメリ州ドゥヂチ村。チェルノブイリ原発事故で汚染された小さな村。皮肉にも、放射能に汚染された村は、原子力の恩恵を受けない生活を続ける村だ。政府からの立ち退き要請で、村は地図から消えてしまった。村の3ケ所の入口はゲートで遮断され、 外部の人間は許可証がないと入れない。それでも故郷を離れず、汚染された村に残る6家族がいる。ユートピアのように美しい村。四季が移ろう。麦やじゃがいもを育て、きのこを採り、詩を口ずさむ。美しく厳しい自然とともに、大地に根ざして明るくたくましく生きる彼らの暮らしは、豊かさとは何かということを私たちに教えてくれる。本橋成一が、写 真家ならではの美しい映像で綴る、いのちの大地の物語。


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